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安奈淳

略歴

両親が宝塚ファンで、子供の頃から宝塚入りをするように言われ、月に1度、宝塚公演を観に来ていた。小学4年の時、人生初の男役、白雪姫の王子を演じた。
1965年宝塚歌劇団に入団。51期生。同期に華かおり(MBSの河田直也アナウンサーの母)、高宮沙千(元雪組トップ娘役)がいる。入団時の成績は54人中8位。初舞台公演の演目は花組公演『われら花を愛す/エスカイヤ・ガールス』」と称された。
1973年、『浮舟と薫の君』の薫の君で、本公演の初主演だった。
1974年、花組へ組替、退団した甲にしきの後任として花組男役トップスターになる。相手役には当初は上原まり、1977年からは北原千琴も加わった。
1975年、『ベルサイユのばら』オスカル役を演じ、第1期ベルばらブームを築く。月組の榛名由梨・星組の鳳・雪組の汀夏子とともに「ベルばら四強」と呼ばれた。1975~76年までの2年弱、月組から組替えとなった榛名と男役ダブルトップ体制であった。
1978年宝塚バウホールのこけら落とし公演『ホフマン物語』で主演。同年7月31日、花組・東京宝塚劇場公演『風と共に去りぬ(スカーレット篇)』を最後に退団。退団直前に母が58歳で死去。公演のため葬式出られず。
退団後は東宝演劇部に所属し、舞台、テレビに活躍の場を広げた。
1993年、芸名を安南潤(読み同じ)に改名していたが、1998年に上記芸名に戻している。
2000年、膠原病の一種であるSLEで倒れ、長期の療養生活を余儀なくされた。
2002年に『風と共に去りぬ』の演技指導で社会復帰への準備開始。その後は少しずつ舞台復帰し、コンサートやディナーショーで活躍している。2005年の花組公演『エンター・ザ・レビュー』では歌唱指導をつとめた。
2005年、第14回日本映画批評家大賞のミュージカル大賞を受賞。
2011年、『DREAMTRAIL~宝塚伝説~』の大阪公演期間中に怪我をしたため、途中休演を余議なくされた。
2012年、第33回松尾芸能賞・優秀賞を受賞。

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愛あればこそ
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結ばれぬ愛
愛の怯え
バラのスーベニール
ばらベルサイユ
そは薔薇の花
愛の巡礼
白ばらのひと
別れの紅薔薇
神に召されて
薔薇になみだを
美しき愛の誓い
夢の馬車
駆けろペガサスの如く
そは薔薇の花
愛あればこそ
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