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安寿ミラ

略歴

5歳からクラシック・バレエやジャズダンスを始める。活水高等学校卒業後、1978年に宝塚音楽学校に入学。
1980年、66期生として宝塚歌劇団に入団し『恋の冒険者たち/フェスタ・フェスタ』で初舞台、同期にこだま愛(元月組トップ娘役)や毬谷友子など。芸名の姓は安寿が敬愛していた安奈淳と寿ひずるに由来したという。花組に配属。
下級生の頃は1年後輩の真矢みきが注目されていたこともありあまり目立たなかったが、ダンスにも優れ、段々と実績が認められスター街道を歩むことになる。
1989年の星組『ベルサイユのばら』では役代わりでオスカルの1人に選ばれて特別出演。続いて翌1990年の花組『ベルサイユのばら』にもオスカル役で出演。1991年の朝香じゅんの退団に伴い、花組2番手に昇格。続いて大浦みずきの後任としてトップスターに就任。翌年の1992年『白扇花集/スパルタカス』がお披露目となる。相手役は森奈みはる。
前任の大浦から続く「ダンスの花組」を継承した。また二番手となっていた真矢との演劇・ショーでの「男同士のコンビ」は花組、ひいては宝塚の呼び物となり、「ヤンミキ」という名で知られている(安寿トップ時代に花組に配属された春野寿美礼・瀬奈じゅんも男同士のコンビとして知られ、「オサアサ」のニックネームがついた)。
1994年のロンドン公演参加と宝塚80周年を機に12月に退団を発表。その時は男役へのこだわりから、芸能活動を続ける気はなく「退団後は故郷でバレエを教えてもいいかな」と思っていた。
しかし、1995年の退団公演『哀しみのコルドバ/メガ・ヴィジョン』の宝塚大劇場公演中に阪神・淡路大震災がおこり、大劇場は公演不能におちいる。当時の月組トップだった天海祐希や雪組トップだった一路真輝、演歌歌手の細川たかしの好意により「劇場・飛天」(現・梅田芸術劇場)で公演の続きを行ったが、「安寿の大劇場さよならショーなくしては宝塚歌劇の完全復活はない」と、大劇場でのさよならショー上演を求める署名活動も展開され、同年5月5日の『安寿ミラ宝塚大劇場さよならショー』を最後に宝塚歌劇団を退団。
1996年2月、BROADWAYMUSICAL『レイディ・イン・ザ・ダーク』で女優として再スタート。以来、ミュージカル、ストレートプレイ、ダンスコンサート、ディナーショーなど、舞台を中心に女優として活動。また振付家「ANJU」としても活躍。古巣・宝塚歌劇団の振付にもたずさわっている。
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サン・トワ・マミー
明日は月の上で
群衆
ケ・セラ
誰もいない海
愛の讃歌
じらさないで
洒落にしましょう
アマリア
ラストダンスは私に
ろくでなし
メランコリ-
そして今は
幸福を売る男
ラストダンスは私に
一寸失礼ムッシュ(アダモ・メドレー)|夢の中に君がいる(アダモ・メドレー)|ろくでなし(アダモ・メドレー)
芸人達
ブラボー・クラウン
一寸おたずねします
人生は歌だけ
白い夜
夜ひらく花の
パリ野郎(パリ・メドレー)|セ・シ・ボン(パリ・メドレー)|オー・シャンゼリゼ(パリ・メドレー)
すみれの花咲く頃
筏流し

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